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門弟たちの熱意があればこそのことだった。
だがそれは成功しなかった。
医師たちに問われているのは、「患者の延命のためにあらゆる努力を惜しまない」とのドグマから解放されることだと、当の医師たちが発言を始めている。
こういう医療では、必ずしも患者の意に治った医療が行なわれることにならないのではないかとの自省である。
その自省が高齢の医師たちによって始まっているのは、医療内部にも変化が起こってきていることの証しでもあり、何より高齢化社会での延命を問い直すきっかけになっている。
しかもその延命が旧来型の医学教育を受けた医師たちによって行なわれ、それが患者やその家族から必ずしも歓迎されない時代になっているのを知ったからだ。
人間の寿命のことを日本人は天寿といってきた。
犬、つまり神や仏によって定められた期間を生き抜いたことを天寿というのである。
ところが日本人は「天寿を全うする」といいながら、その命は神や仏からさずけられだものとは考えない。
それは親から与えられたものという家族主義の中にとじこめてきただけである。
医師が親から与えられた生命を懸命に守ろうとする、それが日本人の医療での実際の姿であれば、キリスト教圏の医療のように今生での医療の努力が実らなかったら、神のもとに召されていくという諒解とは異なる姿でもあった。
こういう姿のもとでは、尊厳死は禍のもとに召されるのを主体的に決意し、それを俣師によって行なってもらう崇高な行為というようには考えることができない。
日本では、親からもらった患者の命を粗末にする、あるいは親からもらった命を失ってしまったという悔いを、医師たちに残すことになる。
高齢になった医師たちの多くが、人間は安らかに死ぬべきである、といいだしたのは、そういう悔いの感情を捨てるべきであるといっているように田いえる。
ところで、現在の六十五歳以上の世代といえば、明治、大正生まれが中心だ。
平成五年の現在からいえば、昭和二年、三年生まれもこの年代にさしかかっている。
現在の高齢化社会の老人たちは、大正時代、あるいは昭和前期の苦難の時代を生きてきた層だ。
当然、この世代には特徴がある。
死体を間近に見ていること、そして死を日常の風景としていたことである。
大正四年生まれのあるジャーナリストが、「死臭のただよう戦場で、オレもどうせ死ななければならない、という思いに苛まれつづけた七年の歳月でした。
いまでも戦友の無念そうな顔が浮かんできます。
人は誰でも死を思わないわけにはいきませんが、戦前派にとっては死と同会した思いが深刻ですので、死は一生の友です」(『尊厳死へのパスポート』)と書いている。
「死は一生の友」という表現は確かに的を射ているように思う。
そして現在の老人たちは、昭和二十年八月まで、死を日常生活に組みこまざるを得なかった。
太平洋戦争開戦時(昭和十六年±有)、日本の人口はほぼ七千万人といわれた。
三年九カ月の戦争が終わったとき、戦死、戦病死によって約四百万人以上の国民が死んでいる。
実に五・七パーセントもの国民が死亡したのである。
昭和にはいって、日本は中国に侵略し、中国で戦闘をつづけた。
昭和十六年に太平洋戦争を始めてからは、主に南方各地で戦闘をつづけている。
日本本土が爆撃されるようになったのは昭和十九年十一月からであったが、集中的に爆撃を受けたのは、昭和二十年三月から七月にかけての五カ月間であった。
それまで日本本土にいた者は、日本が戦争をしているといっても、それはどこか遠くの国で戦闘がつづいているという意味で、戦争の実感はなかったのである。
しかし、昭和二十年の五カ月間はアメリカ軍の爆撃を受けて、ほとんどの都市で死者がでた。
死体を見なければならなかったのだ。
現在、高齢化社会の中軸である世代は、こうしてどのようなかたちであれ死体を現実に見ている点に特徴がある。
なかでも戦場で戦った兵士は、死体を日常的に見ることに慣れきっていた。
慣れきっていたから鈍感になっていたとはいえない。
むしろ死体を「モノ」と見る目と「神々しい」と神経を過敏にする臼とが混在していだと、かつての兵士たちはいっている。
現実に死体を見るのとは別に、同家をあげて「死」という語を叫んだ。
「一死報国」「死して撃ち止まん」など、政治、軍事指導者の口からは、死がいとも簡単に強要された。
天皇のために命を捧げるというのが、臣民の人生の規範として強要された。
大多数の同民は、それを当然と受け止めた。
「死は鴻毛より軽し」という空気の中にあった。
そして敗戦。
アメリカの占領により、アメリカン∴アモクラシーがUU本の上壕だ継ぎ木される。
今度は死は一切否左され、生命、人命は何にもまして尊い、一人の生命は地球より重い、というのであった。
かつて「死」を強要され死地に赴いた特攻隊員が、犬死と諮られ、戦争で死んだ者が嘲笑されるような風潮さえ生まれた。
昭和三十年代、日本は高度経済成長の時代に入り、現在、六十五歳以上の老人世代は働きに働いた。
そうして生活の安定を得たのである。
この過程で、戦後日本のモラルは次つぎに戦前のモラルを斥けていった。
一例をあげれば、家父長制度の廃止であった。
長男が家督を相続し、家門を守るという制度は戦後の民法で名実共に崩れ、核家族化が進んだ。
家督を相続した長男が、父母の世話をし、三つの世代が共存するという家族の空間がなくなり、年寄り惟代と同居しないことがむしろ時代の先端をいくという意識ができあがっていった。
そのために、戦後は死を直接に見ることがなくなった。
老人が病で倒れ、医者通いをし、ときに入院し、しかし最期は自宅に戻って家族に看取られて死ぬという慣習は、子や孫の世代に「死」を実感させた。
死の学習であった。
だが、そういう慣習はなくなった。
死とは病院で死体に対面するという儀式になったのだ。
高齢化社会の中にいる現在の世代は、死の学習という体験をとおして、人生の後半を迎えた。
ただし、この世代に共通しているのは、国家や歴史に振り回され、自己の確立という暇がなかったことである。
牛きるという意味を主体的に考えてこなかった。
彼らの死生観は、次の世代よりはるかに現実的であると同時に、むしろこの期まで生き残れたのは僚倖であるとの思いがある。
この年になったらいつ死んでもいいとの覚悟があるといってもいいだろう。
彼らが尊厳死や安楽死を口にするのは、以上のような体験の中から会得していった人生観からであろう。
あえて日本尊厳死協会の会員にならないまでも、医師に自らの意思を伝えるとかしなくても、自らは充分生きてきたし、もう思い残すこともないとの覚悟ができているようにも考えられる。
尊厳死という概念は、「尊厳ある死」を望むということだが、この世代は、アメリカやヨーロッパの個人主義的人生観に基づく尊厳死と同じ理解をもっているとはとうてい思えない。
表面上はこの語を用いているが、実は、家族には迷惑をかけたくない、あまり老醜を他人には見せたくない、他人の世話にはなりたくない、といった日本的集団主義の延長線上でそれを考えているようにも思えるのだ。
日本文化を「恥の文化」と規定した文化人類学者がいたが、尊厳死を望む口日本人には、苦痛や絶望の姿を他人には見せたくない。
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